これまでの新型コロナウイルス感染対策は、厳しい外出制限や時短要請期間によって人流を抑えることで拡大を阻止しようとしてきた。現在は、感染者数の減少は目指しながら、日常生活も維持しようとする「ポスト/withコロナ」へと舵を切っている。こうした社会情勢の変化にともない、企業のコミュニケーション戦略も再び見直しが求められている。通勤・通学、旅行などの移動が復活しつつある状況でOOH、交通メディアの存在価値にも再び注目が集まっている。
2022年9月2日に開催されたセミナー「ポストコロナ時代のOOH戦略〜サントリーのOOH展開事例とjeki×NRI共同研究〜」では、サントリーホールディングスよりOOH活用の事例、そしてジェイアール東日本企画(jeki)と野村総合研究所(NRI)よりOOHに関する共同研究の成果が共有された。
データに基づいた最適な出稿を模索し、
挑戦を続けるサントリーのOOH
セミナーは2部構成で実施され、第1部ではサントリーホールディングスの松村順平氏が登場。「OOH活用の可能性〜無限の可能性を秘めたOOH〜」と題し、コロナ禍中の取り組みを紹介した。
松村氏は、コロナ禍において企業の宣伝活動が一変したと指摘。外出制限によってテレビの視聴時間が増える一方、移動の減少で鉄道利用率が激減するなど、感染状況によって目まぐるしく変化する環境において「これまで通りのメディアアロケーションで良いのか、日々模索している」と話した。今回のコロナ禍においては、過去の調査データに基づいたメディアアロケーションは通用しない。松村氏はその対策として「環境変化をとらえ、オールメディアで最適な出稿を検討することが重要だ」と指摘した。
人の流れが大きく変わった今、重視されるのはデータに基づいた出稿だ。同社もリーチやフリークエンシーなどの広告接触データを細かく計測しながら、時間帯セグメントによる広告出稿を実施していると話し、「金麦」ブランドの事例を紹介した。
同社は「金麦」を家飲み商品として認知してもらうことを目指し、夕食シーンでの飲用を訴求するため17時から20時を帰宅時間帯と仮定した。出稿先としてはフレキシブルな対応が可能な媒体を選び、時間帯放映を実施した。その結果を、同時期に終日放映していた商品と比較したところ、リーチでは終日放映の方が高くなったが、フリークエンシーでは時間帯を絞った金麦が高くなったという結果を紹介した。
ただ、この検証では接触回数が多い方が購入意向も高まるのではないかという仮説に対しては、期待した結果は出なかった。松村氏は「時間帯を絞ったことは良かったが、短期に集中するよりも長期的に接触機会を設ける方が効果は得られるのではないか」と分析。今後のポストコロナを見据えた時代には、各種データの可視化が肝になると話し、「メディア環境はコロナ前には戻らないと考え、OOHだけではなくメディア横断での活用方法を検討し続ける必要がある」とまとめた。
松村氏は、コロナ禍による人流低下はOOHに大きな影響を与えたものの、変わらない価値も見えてきたと話す。その価値を「話題拡散の種づくり」、「接触『質』の獲得」、「街全体がメディアになる」の三つにまとめ、それぞれのケースを説明した。「接触『質』の獲得」については、JR新宿駅の大型サイネージ「新宿ウォール456」で展開し交通広告グランプリを獲得した、同社の缶コーヒーブランド「BOSS」のプロモーション事例とあわせて紹介した。
講演のまとめとして松村氏は「ポストコロナでも今まで以上にデータが必要であると同時に、データにとらわれない“やってみなはれ”の精神でOOHの無限の可能性を信じて、新しいものを発信し続けたい」と話した。
「とりあえずテレビ&デジタル」に警鐘。
データが示す、テレビ、WEB、交通メディアの実態
第2部はjekiの中里栄悠とNRIの森田光一氏が登場。コロナ禍の2021年から2022年にかけて発表した両社の共同研究プロジェクトについて紹介した。
中里は戦略プランナーとして活動する一方で、生活者の移動行動にフォーカスした生活者研究プロジェクト「Move Design Lab」のプロジェクトリーダーを務め、OOHメディアやOOHのクリエイティブなどについても研究している。はじめに、中里より今回の共同研究の背景についての説明があった。
コロナで大きく失われた生活者の移動行動は、コロナ前の状態へと徐々に戻りつつあるものの、OOHへの広告出稿をひかえる広告主はまだ少なくない。そのような中、jekiとNRIではOOHの価値を客観的なデータで改めて検証することにした。今回の共同研究のポイントは二つ。一つはメディアニュートラルなNRIの「インサイトシグナル」を使った点。OOHをテレビやWebなどの他メディアと同列で比較することで、その特徴を客観的に示した。もう一つはコロナ禍のデータを使って分析したという点。「コロナ禍のデータは、交通広告・OOHにとっては当然分が悪いが、それをあえて使うことでポストコロナでも通用するOOHの特徴が導き出せる」と語った。
続いてNRIの森田氏が「インサイトシグナル」と各広告メディアについての解説を行った。「インサイトシグナル」は2500から3000名ほどのパネルを2カ月間追い続ける、生活者のシングルソースデータだ。パネルのメディアや広告との接触が購買プロセスにどう影響を与えるかを分析することができるため、マーケティングにおける有用なツールとなっている。森田氏は、「インサイトシグナル」で取得したデータを紹介しながら、現在の広告メディアとしてテレビとデジタルが中心になっていることを示した。
一方で、「とりあえずテレビ&デジタル」とすることに警鐘を鳴らした。デジタル施策については、広告認知・効果の面で、得意・不得意に関するデータを紹介。テレビとデジタルではメディアの利用率に大きな差がないものの、広告認知率ではテレビCMに比べてデジタルの方が低い傾向となることがわかっている。森田氏はテレビに比べてデジタルの広告認知率が低い理由もデータによって「広告接触時の不快度の高さにある」と説明。特にインストリーム広告やポップアップバナー広告でその傾向が高いことも示した。これらのデータから森田氏は「デジタル広告は能動的に見てくれる人に認知されやすい。デジタル広告は接触したと判定されても実際は認知されていない傾向がある」と指摘した。
また、テレビCMについては、経年での認知率の低下に着目。同一接触回数の広告認知率を比較すると、2011年以降右肩下がりになっている。スマートフォンの普及とも連動しており、従来の主役だったテレビの広告パワーが低下しているとした。
このように、「テレビ&デジタル」にも課題が見て取れる。そもそも、広告の目的は生活者の購買ファネルを行動へと進めることにある。各ファネルにおいて対応するメディアを活用し、購買行動へ繋げることがプロモーションの目的だ。森田氏は購買ファネル各段階に対するそれぞれのメディアの影響力について実態を説明しながら「現状では購入意向に相当するミドルファネルがカバーしにくい。テレビ・デジタルメディアの活用法の工夫や、第3のメディアによる補強を検討したい」と提案した。
jeki×NRI共同研究に見るOOHのポテンシャルと、
「トリプルペイドメディア戦略」
jeki×NRIの共同研究の具体的成果については中里が再び登場し説明した。NRI森田氏のテレビとデジタルで盤石か、という問題提起を受け、“第三のメディア”と言われるOOHを再び検討する時機にあるのではないか、とした上で共同研究のファインディングスを解説した。尚、この共同研究では日本の代表的なOOHである交通メディアにフォーカスし、交通メディアと他のメディアをデータで比較した際の交通メディアの4つのユニークな特徴(①スクリーニング性、②自主視認性、③ブースト効果、④キープ効果)を明らかにした。
まず「①スクリーニング性」では、交通メディアはZ世代などの若者や消費に積極的なマーケティングの価値の高い人たちにふるいがかかったボリューム層(ポテンシャル・マス)へのリーチが可能であることを指摘。広告予算別リーチ率のシミュレーション結果から、交通広告のコスト効率の高さを示した。
「②自主視認性」については、広告メディアに対する好意度のデータから、交通メディアは年代問わず“嫌われないメディア”である点を指摘。中里は「交通メディアの強みとして永らく“強制視認性”が指摘されてきたが、見ることを強制しているわけではなく、自主的に見られている。だから嫌われない」と解説。生活者が見たいコンテンツをさえぎって広告を見せようとする“強制視認メディア”とは対照的、とした。
こうしたスクリーニング性と自主視認性のもと得られる効果として、「③ブースト効果」と「④キープ効果」があると指摘。前者はテレビやWEB広告と比較して交通メディアはフリークエンシーが圧倒的に高いことで、短期間のうちに強い瞬間風速を生み出すことができる。中里は「新商品・サービスのローンチ期や、アプリの公開直後などの“垂直立上”が必要な時に特に有効」と語った。
「④キープ効果」は、年間予算を3億、KPIを購入意向にして、テレビ、WEB、交通の3つのメディアで年間2回の出稿の山を作るようなメディアプランを仮に想定した際、その2つの山の間をWEB広告で埋める出稿を行った場合と、それを交通広告に代替した場合でシミュレーションしたところ、後者の方が高い結果が得られた、と説明。「“嫌われない”交通メディアで生活者とつながり続けることで、プロモーション全体のパフォーマンスを高められる」と中里は話した。
これらの研究成果からjekiのプロジェクトチームは交通メディアを「バリューリーチメディア」と定義。若者や先進的な消費者などが多く含まれる「ポテンシャル・マス」に向け、日常的かつ嫌われずに接点を作ることができる交通メディアは“価値ある層に価値あるリーチができるメディア”である、とした。
続けて紹介した2022年発表の共同研究のテーマは「デジタル時代のメディアミックス」。
NRIインサイトシグナルで収集するメディア出稿パターンを分析したところ、複数のメディアを使ったメディアミックスの場合、その9割弱が2メディアないし3メディアによる展開で集中しており、2メディアにおいてはテレビとWEBが、3メディアにおいてはテレビ、WEB、OOHの3メディアに集中していることが明らかになった。
そこで、2メディアと3メディアのどちらが効果を高めやすいか検証した結果、2メディアよりも3メディア展開のほうがあらゆる世代で購入意向が高まりやすいことがわかった。特にZ世代を対象とした場合、「テレビ×WEB×OOHの3メディア」は「テレビ×WEBの2メディア」の1.3倍の効果が生み出される、という結果が導き出された。
研究では3メディアの理想の予算配分についての検証も行い、仮に予算3億、3か月、KPIを購入意向とした場合、「テレビ65%、WEB20%、OOH15%」が最適であるとシミュレーションにより導き出された。ターゲットをZ世代に絞ると、OOHの配分は25%にまで達する。若い世代をターゲットにする際は、メディアの予算配分を誤るとパフォーマンスを大きく落としてしまう可能性がある、と中里は指摘した。
中里はこれらの分析結果から、2メディアではなく3メディアでの展開の方が優れた結果になる背景について解説。第一に、3つのメディアが相互補完関係になることで生活者のタイムラインをフルカバーできている点。1日の中で、イエとソト、デジタルと非デジタルを行き来する生活者と常に接点を持つことができ、メディアプラン全体のバランスが高まり、安定したリーチのポートフォリオが実現できるのでは、とした。
第二に、重複接触者が拡大し、クロスメディア効果が増幅することを指摘。「複数のタッチポイントで接触した層の方がブランド認知や購入意向といったKPIは高まりやすい。これは多くの事例で見られる現象」と語った。
そして第三に、「ポテンシャル・マス」に効率的に届く交通広告が全体の効果を底上げしている点に言及。先進的な消費者や若い世代の日常動線で高頻度でリーチする交通広告をメディアミックスに加えることで、プラン全体の効果を高めることにつながると考えられる、と語った。以上の理由から「テレビ×デジタル×交通の3メディア>テレビ×デジタルの2メディア」という今回の結果が導き出されたのだろう、と考察した。
以上から、中里はポスト/withコロナ時代のメディア戦略として「トリプルペイドメディア戦略」を提唱。トリプルメディアの一つであるペイドメディアにおいてテレビ、WEB、OOHの3メディアを使い、生活者のタイムラインに寄り添ってコミュニケーションを行う戦略だ。この戦略のポイントは3つ。
1、顧客接点を多数設け、生活者とシームレスにつながる
2、複数メディアの重複接触を体験価値にする情報設計
3、3つのメディアに予算を適正配分する。目安は「TV 65:WEB 20:OOH 15」
OOHはコロナで苦境に立たされたが、人が外出する欲求は不変。移動は乱高下しながらもコロナ前の状態へと徐々に戻っていくと考えられる。中里は「コロナ禍のデータ分析でも、交通広告・OOHの強みは変わらず健在だった」とした上で、今回の共同研究で導き出されたファインディングスを参考に、OOHの戦略的活用を再び検討してみては、と締めくくった。